2014年08月01日

がらがら仙人・改造計画

『がらがら仙人』とは、このブログの筆者でありますが、箸にも棒にも引っかからないやつなのですが、
わたくし筆者が本人であることもあり、ひいき目と同情も禁じえないこともあって、
なんとか、つつがなく、人生をまっとうに、まっとうしてほしいと思う訳でして、
仕方がないので、現状では危うすぎ・ヤバすぎなんじゃないかと思う訳で、
『彼』を『リ・ストラクチュア(再構築)』しなきゃ、
しょうがも、みょうがもないんじゃないかと思う訳で、
ここに、
『がらがら仙人・改造計画』を発案・立案・計画・実行しようではないかと、
ぎっくり腰の記憶も覚めやらぬガタガタの重い腰を持ち上げてみようと思う訳でして、
なんとも歯切れが悪く煮え切らない腑抜けな決断ではありますが、
そんなこんなで、だらだらブログを再出発させようなどと、
虫の居所がどこにあるのかわからないような、虫のいい話をして、
うやむやなブログが曖昧に胡散に綴られるんだとさ・・・・・。






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2014年08月02日

すこやかに育て!がらがら仙人

『教育』と言ってしまうと、威圧的ですし、傲慢ですし、大げさ過ぎます。
『躾(しつけ)』とも、ちょっと違います。
『育み(はぐくみ)』として、私自身が、がらがら仙人にちょっかいというか、過剰世話焼きというか、
健全な成長の手助けをしたいと、思う訳です。

『愛』、『自己愛』と呼べなくもありませんが、
私自身、は、がらがら仙人が成長するのは自然な道理であると思っていますし、
私自身、が、がらがら仙人を手助けするのも、自然な道理であると考えます。

問題は山積みかもしれませんし、
齢(よわい)57歳での再構築は、遅きに失するかもしれませんが、
なんの、がらがら仙人の粘り腰に過剰な期待などしておりませんし、
あたかも、我が子の成長を健やかに見守る母親、新米ママのような気持ちが芽生えているのでございます。

不安があっても、埼玉県加須市を流れる「中川」に、夏越祭の供え物として灯籠船で流してしまいましょう。
「がらがら仙人の前に道はない。がらがら仙人の後に道はできる。」
幸多からんことを願うのみです。

そして、がらがら仙人の成長は、すなわち、私自身の成長なのですから、
2倍に儲けものといか、2倍にラッキーな訳です、はい。





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2014年08月03日

ライダー変身!

ここで気をつけなければいけないのは、というか勘違いしてはいけないのが、
がらがら仙人を成長させるということは、がらがら仙人を変身させたいということではありません。
私自身の意図というか気持ちは、『変身願望』ではないということです。

現状のままでは、ヨロシクアリナンとは思いますが、
逃避行動としての『変身願望』ではないということです。


喩えて言うなら、今ここに、がらがら仙人という苗木があります。
何の苗木なのか、私にはわかりません。
けれど、その苗木への慈しみから、私は水をやり、風を避け、肥料を与え、枝木の刈り込みを行うことになるでしょう。
その苗木が、花を咲かすのか、実を付けるのか、何かの役に立つのか、私にはわかりません。
けれど、がらがら仙人が成長しようと願っているなら、それは人智を超えた意思であり祝福なのではないでしょうか。
私ごとき凡庸な子羊が、どうしてそれを拒否することができましょうか。
私は、宇宙のハカライゴトは『善なるもの』を志向していると考えます。
おそらくは何かの変化があるでしょうが、結果がどこに落ち着くのかはわかりませんが、
がらがら仙人が成長を望むならば、私を利用することに、やぶさかではないのです。


けれど、がらがら仙人は(私は)、仮面ライダーが大好きですので、
景気付けの意味も込めまして、大々的にポーズを決めたいと思います。

『 ライダー・・・・・変身!!! 』






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2014年08月04日

がらがら仙人の教育基本方針

けっして、意固地を推奨しているのではなく、
がらがら仙人には、「あきらめない心」を持っていただきたい。
「へこたれない子」・「心のつよい子」に育っていただきたい。!
それを人生の基礎となし、ベースとなし、下地としていただきたい。

なにかを成し遂げようとするなら、「あきらめない心」を持っている方が有利なのは自明である。

そして、「あきらめない心」を支えているのは、「宇宙への信頼」であってほしい。
意固地による固執ではなく、希望を失わない「未来への信頼」であってほしい。

困難がゼロなど現実には有り得ないはずであるし、
困難がゼロだとしたら、それを実現しても喜びもミニマムであろうからだ。



まずは、この子育て計画にふさわしい教科書を探しに、セブンイレブンの書籍コーナーへ行きました。
私が「心」の問題で、いつも頼りにしているのは、『PHP研究所』様です。
この壮大でみみっちい計画にふさわしい教科書はと、・・・・・ありました。!

『  PHPのびのび子育て
   悩まないで、お母さん!
   へこたれない子、心のつよい子になる育て方
   「イライラ」も「心配」もいりません。
   上手に子どもを伸ばす方法があります。   』

   『PHPのびのび子育て』編集部[編]  本体743円(税別)


まずは、熟読、熟読、・・・と。







 

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2014年08月05日

幸福イリュージョン

昨日紹介したバイブルともいうべきPHP研究所の素敵な教本で、
がらがら仙人の出発点といえる基礎ができたとしましょう。
では、がらがら仙人は、人生というキャンバスに、どんな幸福を描きたいのだろうか。


おいらは、とりあえず8億円くらいほしいなあ。
肉体は健康で、マッチョがいいなあ、病気は風邪程度をたまに患うくらい。
もちろんイケメン、ただし、自分が納得いく美形の、知性と力強さも持つ美少年。
スポーツ万能、頭脳明晰、性格は、洒脱で豪快で大胆で繊細、もちろん優しさを兼備している。
女性にはもてるが、恋にはおぼれないタイプ。
服装は、チャーコールグレーのワイシャツに、赤ネクタイ、白いスーツ、時計はロレックス、靴はフェラガモ、下着はフクスケ。
髪はもともと少し赤毛だけど、少し脱色して少し金髪っぽくしてクラウドマッシュに。
職場にも身の回りにも、愛してくれる人多数で、少なくとも、敵対する人はほとんどいない。
そしてそして、人生の終わり頃に、「悟り」を開く。
「悟り」とはもちろん、お釈迦様が開いたという、アレ。
お釈迦様もイエス様も、どうも貧乏くさいイメージでいけないやねえ。
おいらは、自家用ジェットでカリフォルニアあたりのプライベートビーチまで出かけ、
金髪のビキニ美女数人をはべらせた白いベンチに座り、
トロピカルカクテルを飲みながら、「悟り」を開いてしまう訳。
どうよ、これって、完璧なまでに完璧な、究極に完璧な人生なんじゃな〜い。


ブログの筆者である私自身、がらがら仙人のイリュージョンにお付き合いはできません。
ひとつひとつ、現実と向き合うことを学んでもらいたいものです。










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2014年08月06日

悩めるママ

くどいようですが、もう一度、確認しておきますと、

ブログ『がらがら日記』がらがら仙人の森羅万象-----
筆者兼登場人物であります「がらがら仙人」-----
もちろん私が、当人・本人なのです-----
ウェブネーム「がらがら仙人」であります筆者のこの私-----
自分つまりがらがら仙人、を再構築する必要性を痛感-----
リアルタイム・ドキュメンタリーとしてブログ化しているの-----
2014年8月1日から連載を開始しまし-----
「がらがら仙人・改造計画」シーズン1-----なのでございます。


私自身であります『彼』がらがら仙人を再構築(リ・ストラクチュア)するにあたり、

私は、冷酷無比な鉄面皮な経営者の立場を取るのではなく、
儲け主義に走る世俗丸出しの宗教的指導者の立場をとるのでもなく、
高慢で威圧的で厚顔無恥な政治家の立場をとるのでもなく、
思考が硬直し自信過剰で無神経で体裁を取り繕うことに始終する教育者の立場をとるのでもなく、
策略的に戦略的に裏工作で何かに利用しようとする「いかがわしい人物」の立場でもなく、
はたまた、無責任な軽薄・他人のゴシップ大好きの近隣のオバチャンの立場をとるのでもなく、
無教養で短絡的なヤンキーの立場をとるのではなく、

(もちろん、立派で素敵でラブリーな、経営者や宗教家や政治家や教育者や「いかがわしい人物」や近所のオバチャンやヤンキーの方も数多くいらっしゃいます。)

私自身は、『悩めるママ』の立場で、幼児『がらがら仙人』と接していこうと、考えているんです。はい。







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2014年08月07日

がんばりましょう

子育ての本を読んでいて、はたと気づきました。
子育てとは、親育てなんだなあ。

親はなくとも、子は育つと言います。
派生として、親はあっても子は育つとも言います。

子どもが成長するのは、自然のなすことなのであって、
親が間違いから、多少の妨害をしようと、子は自らの力で、立派に成長すると言うものです。

子育てで重要なことはことは、
子ども、、どうするか、ではなく、
親、、どうするか、なのです。

間違っているかもしれない親の信念から、
あるいは信念など何もない親の決断から、
子どもに多くの受難を与えてしまう危険が潜んでいるわけです。

私が、幼児『がらがら仙人』を育てる決意をしたということは、
私が、保護者である自分自身を育てる決意をしたことにもなる、と言えます。
もし、成功すれば、ダブルでおいしい結果になるんだから、迷うことはありません。
愛と勇気を持って、この道を進むべきなのです。



しつこいようですが、
ネタ本というと聞こえは悪いですが、
私が教科書とさせていただいてる優良図書を、再度、紹介させてください。

『  PHPのびのび子育て
   悩まないで、お母さん!
   へこたれない子、心のつよい子になる育て方
   「イライラ」も「心配」もいりません。
   上手に子どもを伸ばす方法があります。   』

   『PHPのびのび子育て』編集部[編]  本体743円(税別)


読書感想を言うと、「実に、ファンタスティック!」。









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2014年08月08日

遥かなる・がらがら仙人 そのいち

がらがら仙人は、そうそう、そうとう「迂遠(うえん)」なヤツなんだよなあ。



24歳くらいの時だったかなあ、(就職はしていたけど、独身、アパート暮らし)、
大型2輪で全国をロードランしたいと考えた時があってさ、
ナナハン(750CC)じゃ物足りないような気がして、
最終的には1100CCクラスのハーレーダビッドソンにでも乗りたいな〜なんて考えて、
まあ、とりあえずということで、50CCのホンダ・ラクーンという原チャリを買ってきてさ、
体力も付けなきゃということで、バーベルとかも買ってきて、
自主トレで柔軟体操や、朝のランニングを始めたあたりまでは、まあ、ナイス・ガイといえるけど・・・。



アウトローというか、殺し屋みたいなサングラスをかけて、バイクをトロットロッ転がす時に、
近視がネックになると考えたんだわ。
東北地方の海岸線や北海道の広大な大地を眺めるにも、
メガネというガラスを通してではなく、肉眼で直接見たいなあと考えたんだわ。

30年以上前なんで、当時はレイシックなんて言葉すらなかったし、
ワンデイアキュビューなんてのも、言葉すらなかったんだから。
コンタクトも毎日のケアーが大変で(毎日小型の蒸し器で殺菌消毒してたんだから)、
毎日チマチマやってるのはロックじゃないし、ワイルドじゃないよねえ。

そこでどうしたかというと、
近視を治す方法を探してみたんよ。(インターネットなんてのも、言葉すらない!)
当時は、仮性近視なら治る見込みはあっても、通常の近視は不治の病とされていて、
「こうすれば視力が回復する」なんて本は、ほとんどなかったのね。
そんなんでやっと見つけたのが、イカガワシイと言う人もいるけど、
『〇〇式健康法』というアメージングな素敵な健康法だったんよ。(おいらは共感するなあ、この健康法)

断食により宿便を排出し、菜食および活力ある食物を摂り、体操により体の歪みを矯正し、現在休眠中の肉体が本来持っている能力を活性化させることによって、現在の半病人の様な状態から、真に健康的な人間となり、健全な肉体の機能を取り戻すことがことができる。
当然、視覚機能も回復し、近視も治る!

スタートはまずそこからだと思ったんで、
(勝手に)2年くらいめどに、その健康法を実践することにしたんよ。

つづく





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2014年08月09日

遥かなる・がらがら仙人 そのに

『〇〇式健康法』は、それなりに大変でした。

朝食は抜き、お菓子禁止、野菜食中心、〇〇式体操は短時間ですが毎日、布団はやめ、ベニヤ版の上で寝る。
土日は簡易断食と言うことで、寒天の食事と、多量の水を飲む・・・・・てな具合。
ただまあ、想像するほど辛くはなく、自分に実験しているみたいで、半分面白かったです。

このとき、『〇〇式健康法』さんの主張(本による独学でしたが)で、気になったことがありました。

人間は、真に健康になると、自己治癒力はもちろん強力になりますが、
手当などの方法で、(ただ手を当てるだけで)、他人も治癒することができるようになる、と。
人間は、真に健康になると、勘が鋭くなり、「第六感」が働くようになり、
「未来予知」さえできるようになる、と。

手の先からは超音波のような、波動が出ると解釈すればいいですし、(気?)、
沈没する船に、ネズミは予知して乗らないと言うことを聞いた事があるので、
そんな感じで、人間も未知の予知能力を持っているのでしょうか。

『〇〇式健康法』さんの主張でもあるのですが、現代人は、
脳の3%しか働かせていないし、肉体の機能が眠っていると言うのです。
がらがら仙人は人間に、『超能力』ではありますが、「予知能力」くらいはあっても不思議ではないと思うようになりました。

つづく





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2014年08月10日

遥かなる・がらがら仙人 そのさん

本題から話が少しずれてきているような気もしますが、
そうなんですよ、がらがら仙人は「移り気」というか、集中力・持続力・忍耐力に欠けるんですよ。
でもまあ、がらがら仙人の弱点を検証する意味でも、もう少し、寄り道にお付き合いしてみましょうか。



『〇〇式健康法』で、成果と言うか、視力回復がほとんど進まないうちなんですけど、
がらがら仙人は、「超能力」とかにつても、少し本を読んでみようと言う気持ちになったのでした。
だって、『〇〇式健康法』でいう「予知能力」は、明らかに「超能力」なのですから。

物理的に肉体をメンテナンスすることによって超能力を獲得できるのなら、
必ず、物理学との接点・自然科学との接点があるということでしょう!?

  
  ( だって、予想なら誰にも簡単にできるけど、
    予知する・未来を確定する・確定した未来を視覚化するなんてことは、
    想定するパラメータがあまりにも多過ぎて、物理的な脳の情報処理ではムリ。
    予知能力は、予想とか想像の延長ではなく、明らかに、超・能力なのですから。 )

それまでは、「UFO」や「ネッシー」や「雪男」や「超能力」や「霊や魂の問題」や「超常現象」など、
『胡散臭い(うさんくさい)』と思い、かかわる気持ちはなかったのだけれど、
論理的な思考で、自然科学の観点から、森羅万象の一部として、再検討するのも、ありなんじゃと思うようになったんよねえ。

そんな中、健康法つながりで、名前は忘れちゃったんだけど、
『教祖が音声波動を当てたエネルギー水を多量に飲む』という健康法を見つけたんよ。
(これも本屋で見つけ、独学。)

『〇〇式健康法』さんとは、物理的に矛盾しないし、どうせ大量の水を飲んでるんだから、
こっちの水に変えても、ノープロブレムだし、手助けになる、と判断したわけよ。

韓国人の教祖様なんだけど、東京の事務所に2万円くらい送金すると、
教祖の音声を録音したカセットテープと、
再生カセットレコーダに取り付ける延長スピーカーが送られてきて、
このスピーカーから出た音声を、やかんの水に当て、それを飲むだけで、
肉体も霊体も浄化され、健康になる・・・・・そんなうまい話だったと記憶してます。

つづく








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2014年08月11日

遥かなる・がらがら仙人 そのよん

『教祖が音声波動を当てたエネルギー水を多量に飲む』という健康法なのですけど、
教祖さまは、けっこう、突拍子もないことを言っていました。

一般庶民には、確かめる術(すべ)がないことをいいことに、
人間は死ぬと、老人として、霊界に!、生まれ変わると、発言していました。
そして、1年ごとに若返っていき、中年になり若者になり、赤ちゃんになって0歳になったところで、
この世に!、生まれ変わるんだそうです。

ほんまかいな!

でもまあ、そんなことはどうでもいいやと、がらがら仙人は、考えました。
  ( がらがら仙人は、細部にこだわらない、大雑把な性格なんです。 )
重要なことは、教祖様の音声を当てた「波動水」に効果があるかどうかです。

当時は、「アルカリ・イオン水」なんて言葉は、聞いたこともありませんでしたが、
高専の化け学科(工業化学科・ケミストリー)を卒業したがらがら仙人は、
水・エイチツーオーは極性分子であり、通常の状態では、水素結合により分子が集団化し、
クラスターと呼ばれる「分子集団」として挙動すること知っていました。
オペラ歌手の歌声がカラスのコップを割ることができるなら、
教祖の音声がエネルギーとして共鳴を起こし、クラスターを分解・細分化させられるかもしれない。
普通の水道水を、クラスターの小さい「分子集団」として挙動させることができたなら、
水としての性質が変わり、肉体にも(教祖様は霊体にも)良い効果があるのかもしれない。
  ( 実際、水道水に油は溶けませんが、クラスターを細分化した水には溶けます。
    界面活性剤を使わない純水系の洗浄液は、この原理を応用したもです。 )



で、実際に効果があったかどうかと言うと、半年くらい続けたのかなあ、
カンバシクナカッタのよねえ、これが。

( もっとも、自己啓発セミナーとかやってる先生に言わせると、
  人間の成長とか進歩は、変化が何も起きてないかのような「潜伏期」を経て達成される。
  変化がないからと言って、早計に挫折するのは、もったいないし、凡人のなすことなり。
  自己啓発セミナーでも受けて、結果が出るまで、モチベーションを維持した方がいいよ。!)

そうなのよねえ、がらがら仙人は、諦(あきら)めやすく、飽きっぽい性格なのよねえ。

つづく








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2014年08月12日

遥かなる・がらがら仙人 そのご

『盗人(ドロボウ)にも三分の理』という「諺(ことわざ)」がありまして、

盗人(ヌスット)がなにをか言わんや。悪いやつこそ屁理屈を並べるものだ。どんなに筋の通らないことでも、理屈はいくらでも付けられる・・・・・と理解することもできますが、

泥棒さんにもそれなりの理由があり事情があり、同情すべき点もあるよ。どんなに理不尽なことでも、そこには学ぶべき要素もあるし、検証もせずに、せっかちに判断してはいけないよ・・・・・と理解することもできます。




もちろん、がらがら仙人は、後者の立場をとることが多いのですが、
  ( だから、優柔不断なんだよ〜!という声が聞こえてきますが。)
ぼったくり、というつもりは全々ありませんが、
『教祖が音声波動を当てたエネルギー水を多量に飲む健康法』の教祖さまは、
気になる発言をしていました。

昨日、がらがら仙人は、「細部にこだわらない、大雑把な性格」であると書きましたが、
どうしてどうして、がらがら仙人は、「細部にこだわる、神経質な性格」なんです。
  ( だから、矛盾だらけだから、情緒不安定なんだよ〜!という声が聞こえてきますが。)

がらがら仙人が気になったのは、この発言。
「 霊は肉体の4次元部分なんです。」





がらがら仙人が無謀な(?)健康法を実践していたのが、1980年頃ですので、
リサ・ランドール博士らが、「宇宙は5次元である」という可能性を示した理論は知る由もありません。
    ( 1999年、「warped extra dimensions(ワープした余剰次元)」を発表。 )
    ( もっとも、博士の著書を読んだところで、理解できるか怪しい怪しい怪しい!が!)


ただ、当時のがらがら仙人は、
霊は気持ちの悪いものとして怖がるだけでなく、「自然科学の4次元部分の現象」と捉えれば、
多くの謎・神秘・不可解が説明できるし、コントロールし、有益に活用することも可能ではないかと考えました。

健康に関しても、肉体が病気になる前にまず霊体が病気になるので、
霊体が不健康になった時点で治療すれば、病気は発症せず、肉体に苦痛はなく辛い思いをせずに済むし、
肉体が病気になってしまった時も、現代医学でも「不治の病」ってあるじゃないですかあ、
肉体にアプローチするんじゃなくて、霊体にアプローチすることによって、肉体を治療できる・・・・・
・・・・・そんな説も、書物ではありますが、読んだ覚えがあるんです、よ。

つづく





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2014年08月13日

遥かなる・がらがら仙人 そのろく

双子のお笑い芸人コンビ「ザ・たっち」の持ちネタに、「幽体離脱」と言うのがあります。
双子の兄弟が仰向けに寝転んで重なり、上になったほうが上半身を起こして一言、「幽体離脱!」。

そのスジの方に言わせると、「幽体」と「霊体」は別物なのだそうですが、
がらがら仙人に言わせるとイメージは一緒、肉体に完全同期している非物質的4次元体が、
肉体から抜け出す!

こんな感じで、霊体を4次元体と仮定して、心霊現象さえ、説明できそうです。




余談なんですけど、実はですねえ、
「幽体離脱」や多くの「心霊現象」を、
「幽体」や「霊体」や「4次元」などの概念を使わなくても、説明ができるそうです。
これまた、別のスジの方の意見なんですが、
「心霊現象」は、「テレパシー現象」・「エネルギーの現象」として、説明できるらしいんです。

がらがら仙人は、どっちにしろ、オカルトっぽくなってきているので、眉唾の構えなのですが、
超能力のひとつである「テレパシー現象」のほうが、それってある意味で原始的な通信手段ですよねえ、
まだ眠っているであろう脳の機能の一つが活動したと考えたほうが、考え易いのかなあとも思います。

でも、古典的に、伝統的に、霊が存在するという考えも自然で、捨てがたいしなあ。
エンジニア的に、4次元論・素粒子論・相対論・超弦理論を使ったほうが、スマートなのかなあ。
いったい、どうすりゃいいんだろうなあ、結局、曖昧にしとこうかなあ。
  (がらがら仙人が、いい加減なヤツと言われる由縁ですねえ。)




ですので、まあ、当時は、超能力とか心霊現象とか超常現象とか、
オカルトっぽい、というだけでは、毛嫌いしないことにしました。

そんな流れで、自己実現を目的とした『自己啓発・能力開発』系の連中だとか、
奇跡だとか占いだとか運命だとかコテコテの宗教だとか魔法だとか祈祷だとか呪詛だとかお守りだとか、
などなど、
自然科学の範疇から外れていても、対立しそうな場合でも、検討してみる努力はしようと思いました。

アルベルト・アインシュタインが晩年、『統一場理論』を夢見たように、
がらがら仙人は『森羅万象の統一場理論』を夢見たのかも知れません。
仏陀だってイエス様だってお岩さんだって、自然科学と喧嘩するつもりはなかったはずです。
自然科学を含め、自然科学の網に引っかからないものまで含め、
それが現実の実際の姿であり、『森羅万象』であるからです。

つづく





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2014年08月14日

遥かなる・がらがら仙人 そのなな

がらがら仙人的には、オーストリアの精神科医・精神分析学者であるフロイト、は、許せるんですが、
スイスの精神科医・心理学者であるユング、は、反則なんじゃないかと思いました。




フロイトは、リビドーだなんだかんだで、無意識(潜在意識)部分の重要性を世に示してくれました。
がらがら仙人が、自分の心がままならなくて、自分の行動がままならないのは、
顕在化した意識の闇に沈む「無意識」の影響であることを示唆してくれました。

清純派のがらがら仙人であっても、ついつい、よからぬ妄想、イタイ行動をしてしまいます。
「煩悩」だとか「原罪」だとか、頭ごなしに宗教用語で片付けられたのでは、
そんな上から目線で物申されたのでは、腹は立つのに、立つ瀬がなくなりますよ。
いかに清純派アイドルのがらがら仙人でも、反発したくもなりますやね。

「ままならない自分」を理解するためには、無意識の部分に光を当てる必要があるんですよ。




ユングは、無意識(潜在意識)をさらに底の方まで探りを入れようとします。

水面に見えている顕在意識の下に、巨大な無意識を発見しますが、その無意識の下に、
さらに深い無意識を発見します。

個人の自我とその無意識、さらに奥深く、「集合無意識」があると言うのです。

まあ、ここまではいいでしょう。
自我があって、その無意識があって、
さらに深いところで、民族の無意識があって、さらに深く、人類の無意識があって、
それらが、遺伝子の中に、脳の古い記憶の中に存在していても不思議ではありません。
「本能」・「自律神経」という言葉で置き換えても、いいかもしれません。

しかし、さらに深い無意識、さらに拡張した思考をユングは要求します。
無意識(潜在意識)をより深く探求していくと、「集合無意識」に到達すると言うのです。


ユングは、「集合無意識」の現れとして、『シンクロニシティ』を検証しているわけですが、
この理論は、個人にも人類にも下等生物にも、さらに、物質にも、さらに深い無意識(潜在意識)が存在し、
しかもそれは、全員が共有している共通の「集合無意識」であって、
時には、独自の意思を持って、時には、物理法則から外れて行動することを要求しています。

「集合無意識」は、地球を飛び越え、銀河系を抜け、宇宙の創造主とも繋がっている事を要求しています!

がらがら仙人に言わせると、これって、やっちゃってますよねえ!?

宗教的概念としては昔からあるんですけど、精神科医・心理学者がそれを言っちゃあ、ヤバイですよ。
宗教関係の人が、シタリ顔・ドヤ顔で発言するならまだしも、
酔っ払いの変なおじさんがゲップを抑えながら発言するならまだしも、
学者がオフレコじゃなく、マジで、そんなん言うもんだから、自己実現とか自己啓発の本なんかまで、
無意識(潜在意識)に働きかければ、夢が実現するなんて大騒ぎをやっちゃうんですよう。

なんでもかんでも、無意識のセイにして、無意識マカセで、無意識に依存するのは、
ちったあ、無責任過ぎやしませんかねえ。

つづく







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2014年08月15日

遥かなる・がらがら仙人 そのはち

マハリク マハリタ ヤンバラ ヤンヤンヤン
マハリク マハリタ ヤンバラ ヤンヤンヤン
ほうきに乗ってやってきた ちょっと おちゃめな ナンチャラ仙人
ガラガラー ガラガラー
不思議なブログで街中に 疑問と疑惑を振りまくの
ガラガラー ガラガラー
魔法使いー がらがら仙人ーーー
 
早く止めてくださいよ、ワンコーラス歌っちゃっいましたよ〜。
おこんばんわ、がらがら仙人です。



ゴセイジャーとシンケンジャーのコラボ映画『天装戦隊ゴセイジャーVSシンケンジャー エピックON銀幕(東映)』によれば、

この宇宙から、直接、パワーを引き出す方法はひとつではありません!

護星カードをテンソーダーにセットして叫んだり、「一筆啓上!」したり、
しかし、それだけでもありません。

古くから行われているのは、「祈り」。
もっと効果を高めたいときは、「修行」したり、神社仏閣教会への「お参り」、さらに、「祈祷」など。
「写経」も効果があるそうじゃないですかあ。ロザリオを唱えてもいいですねえ。
お賽銭やお布施を払いたくなければ、「おまじない」や「白魔法」「黒魔法」が御勧めでしょうか。
実行の難易に差はありますが、効果の大小・成功確率・実行者へのリスクにも差がありますが、
いずれも、万人に良く知られた方法です。

おそらく、ものすごく効果のあるトビッキリの方法は、門外不出になっているでしょうし、
生死をかけるようなワイルドでデンジャラスな方法は、封印され、廃れていったと、勝手に想像してます。



ただ、がらがら仙人は、占いとか神社仏閣教会への参拝とか魔法やまじないなど、
弱気の虫が起きた時以外は、あまり、頼ろうとしません。
そういうことだから、新潟の実家に帰ると、母親からオコゴトをもらっちゃうんですね。

「 お稲荷さんは霊験あらたかだすけ、ちゃんと、お参りさせや!!
  おめらが元気ながんは、おらが毎日お祈りしてるからだすけの! 」



ちなみに、「まじない」は漢字で、「呪い」と書きます。
ちなみに、「のろい」も漢字で、「呪い」と書きます。同じです。
昔の人は、「まじない」も「のろい」も、宇宙のパワーを引き出す、本質的には同じ方法であることを知っていたのだと思います。

がらがら仙人は「祈り」や「まじない」など、神様に全部丸投げしているようで、あまり、好きくありませんでした。







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2014年08月16日

遥かなる・がらがら仙人 そのきゅう

がらがら仙人は、すまし顔とオチャメ顔を使い分けながら、
したたかに、「遥かなる・がらがら仙人」シリーズを綴ってまいりました。
過去を振り返ると見せかけて、計算づくの時間稼ぎだったのでしょうか、
がらがら仙人は、これからの遥かなる旅路を案じ、
「がらがら仙人改造計画」を遥かなる基礎から吟味し、計画の骨子を検討していたのでございます。

いままで何度も挑戦して、挫折を繰り返しているような記憶もありますが、
「がらがら仙人改造計画」は、やはり、
奇をてらわず、権謀術数を用いず、傍路にそれず、本道を歩むべきです!




それは、がらがら仙人の自己責任です。
新潟での幼少期の環境が良くなかったとか、
時代がそれを許さなかったとか、
飼い犬のポンタが邪魔をしただとかか、
言い訳がましいことは、少ししか言わないことにしましょう。

それは、がらがら仙人自らの意思から出発しているのだから、
がらがら仙人の意思を基盤に、なるべく、愛と真実・愛と勇気・愛と誠・努力と根性、をベースに行動しましょう。

もし、何かに依存しているかもしれないと思ったら、気をつけましょう。
(頼るのはいいのですが、寄りかかるのはやめましょう。)

そんなに思い詰めないで、行きましょう。




・・・・・まあ、こんだけ決まってれば、後は何とかなるんじゃないでしょうか。

( こういう『楽観論』が、今までの失敗の原因だったのかなあ・・・・・? )

つづく









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2014年08月17日

遥かなる・がらがら仙人 そのじゅう

「がらがら仙人・暗殺計画」ではなく、
「がらがら仙人・修繕計画」でもなく、
「がらがら仙人・松岡修造計画」でもなく、

「がらがら仙人・改造計画」のショートコーナー、「遥かなる・がらがら仙人」を閉めるに当たり、
誤解を覚悟で、一節(ひとふし)申し上げたい。

「超能力」を例にとると説明しやすので、「超能力」を例にします。




人間の思考は、経験を元に構成されるので、
「超能力」がないことの証明は難しいですが、
存在することの証明は、実際にそれを体験すれば議論は無意味となり、議論は終わります。
自分が「超能力」を使えるならば、不毛な議論は終結し、次の課題に進めばよい。
そういう意味で、がらがら仙人は、自分が「超能力」を使えたらいいのになあと考えます。




ここから少し内密な話になりますので、周りに人がいないことを確認してください。会話は小声で。
がらがら奥様は、「??超能力・大好き美魔女??」なのですが??、
頼みますから、批判だとか忠告だとか意見だとか決め付けないでほしいのですが、、
横目でチラチラ様子を伺った限りでは、がらがら仙人が思うに、

がらがら奥様は、「ものぐさ」だから、「超能力」を求めてしまうんです!!
がらがら奥様は、「短気」だから、    「超能力」を求めてしまうんです。
がらがら奥様は、「わがまま」だから、  「超能力」を求めてしまうんです。
がらがら奥様は、「自己中心」だから、  「超能力」を求めてしまうんです。
がらがら奥様は、「脳が調子よく回転しない」だから、「超能力」を求めてしまうんです。
がらがら奥様は、「神様を信用していない」だから、「超能力」を求めてしまうんです。
がらがら奥様は、「自分の境遇に不満だらけ」だから「超能力」を求めてしまうんです。
がらがら奥様は、「旦那の甲斐性に不満だらけ」だから「超能力」を求めてしまうんです。

これは、自分の弱点に気付こうともせず、問題の核心部分を避け、課題を先送りにしようとする、
狡猾ではありますが、愚かな、見え透いた、田舎芝居なのではないでしょうか。
( お〜〜こわ。このイヤな脂汗はなに!? )




「超能力」の名誉のために、とあるそのスジの方の意見を紹介します。

みなさんは、「超能力」を、なにか特別の現象のようにおっしゃいますが、
よくよく考えると、それは、「人間の能力の延長」であることに、気付かれると思います。

壁の向こう側が見える、それは「透視」という「超能力」ではありますが、
壁を壊せば、それは見えるんです。

たとえば、埼玉から北海道まで、「テレポテーション」という「超能力」で、一瞬で行ったとします。
けれど、皆さんが1ヶ月バイトし、稼いだお金で、飛行機を使い4時間かけて、北海道に着いたとしましょう。
目的と結果を照合してみれば、それは同じことです。

「超能力」は、通常必要とする多くのプロセスや時間を節約できるかもしれませんが、
それは便利であるのかもしれませんが、
そんなことは、皆さんの人生で、どれだけ意義を持つのでしょうか、
皆さんの魂の成長にどれだけ貢献していると言うのでしょうか。
皆さんはすでにその能力を持っているのですから、「超能力」に、こだわる必要はないはずです。

・・・・・がらがら仙人はわかったような、ゴマカサレテイルヨウナ・・・・・





ともかく、「がらがら仙人・改造計画」では、具体策を講じ、実施されねばなりません。











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2014年08月18日

整理・整頓

がらがら仙人は、半跏趺坐の姿勢(つまり、あぐら)で低反発性マットに座り、目を閉じました。
得意の、妄想たっぷりの黙想です。
そして、5分が経過し、不適な笑みを浮かべながら、目を開け、手打ちをしたのです。

そうだ、まずは、「捨てること」、そして「整理・整頓」だ!




がらがら仙人には以前から気になっていた、2つの書物がありました。

やました ひでこ 著 『断捨離』 と、
近藤麻理恵 著 『人生がときめく片付けの魔法』 です。



さっそく、アマゾンで購入です。
なになに、『断捨離』には、姉妹著『俯瞰力』と言う本もあるのか。
そうなんだよね、がらがら仙人に不足しているのは、「俯瞰する力」なんだよねえ。
これもついでに買っちゃえ。

そりゃそうさ、「人生」のノウハウを教えてもらうのに、イカツイタおやじに説教されたんじゃあ、
その時点で、即、くじけちゃいやすわね。
近藤麻理恵さんが本の帯カバーに印刷されているのだけれど、
ふくよかで優しく、昭和のAKBみたいな笑顔で、指導を仰ぎたいものですよ。
がらがら仙人がオイタをしたときは、かわいく、「ぶちますよ!」と、たしなめてほしいのですよ。

『断捨離』はベストセラーになって、気になっていた言葉でした。
「仏舎利」と言えばお釈迦様の骨のことで、ご飯のことを「シャリ」と呼ぶ由来は、そこからきています。
「断捨離」は造語のようですが、「仏舎利」に引っ掛けてあるような気がして、奥が深そうなんだもの。



そういうわけで、「がらがら仙人・改造計画」の教科書が、3冊プラスされたのでした。






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