2014年04月01日

スペシャル・ダンジョン


3月31日、きのう突然、次女ママ・孫太郎・孫次郎が遊びに来ました。
昨日からのギックリ腰の2歩手前が、まだ治り切らないというのに。

まあいいか、まごっち連合には、体力勝負ではない「お・も・て・な・し」作戦で対応しましょう。

とはいっても、やっぱりやつらはまとわり付いてきますねえ。
ドロ試合に持ち込もしようとして、がらがら仙人弱点のメガネを攻撃してきても、
その手には乗るか、ムリ、「おしりかじり虫」のビデオでも見て、時間をつぶせ。

じつは、こんなこともあろうかと、
いくつか、スペシャル「お・も・て・な・し」を用意しておりましてありました。

どうせ勝手に開けるであろう引き出しの中には、「仮面ライダー鎧武」のグミとチョコボール。
家ではゲームが禁止されているようなので、「パズドラ」を思いっきりやらせてやるぜ。
「友情ポイント」で貯めた、無料の「友情ガチャ」を全部やっていいよ。
「冒険チーム」のレベルをかなり上げてあるんで、弱いダンジョンならボス戦までクリアーできるはず。

案の定、誘導作戦は見事的中。
がらがら仙人の腰への負担は、最小限に抑えることができました。

さて、パズドラは、
ダンジョン・ボスの登場に、「ギャ〜〜何じゃこりゃ〜〜。」と歓声をあげて驚いていただき、
がらがら仙人は大変に満足させていただきました。

長女も次女ママも、おそらく間違いなく奥様まで、
『パズドラ』には冷ややかな視線と言動を感じるのですが、
孫どもよそうだよなあ、この価値観、この感激、この男のロマンは、
お前らと間違いなく共有できるし、どうしてやつらに、わかんないんだろうねえ。

ただ、お孫さんたちが偉いと思うのは、
がらがら仙人の部屋を散々荒らした後で、公園に連れて行けと言い出しました。
車で5分くらいで、公園に付くと、
伸び盛りなんだろうねえ、頭だけじゃなくて体も成長させなければならないんだろうねえ、
騒ぎ出す走り回る、あっちこちっち、何度も何度も、疲れを知らぬエネルギー小僧か。

最後には、がらがら仙人も巻き込んで、「冒険隊ごっこ」を1時間かえ。

なるほど、「冒険隊ごっこ」は、見事な「ロールプレーイング・ゲーム」だ。







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2014年04月02日

アンドロイドは危険な香り


孫っち連合をアンドロイドタブレットで遊ばせていたときのことです。
孫次郎(4歳)が突然、がらがら仙人にタブレットを突き出し、
フリーズしたので何とかしろという表情。

なになに、よく見ると、「魔法石ショップ」の「魔法石」購入画面で止まっているではありませんか。
そうかあ、バトルで負けてゲームオーバーなんだけど、
「魔法石」を1個ぶっこめばゲームを続けられるんだけど、ストックがなかったもんだから、
自動的に購入画面に進んじゃって、年齢承認を正直に(?)、一番上のボタン、16歳未満で進めたものだから、そうだよなあ、3月はすでに5千円以上使ってるもんだから購入金額制限に引っかかり、画面の進行がストップした訳かあ。

そういう時は、自分の年齢を、間違えて20歳以上で自己申告すれば、
「魔法石」を好きなだけ買えたし、ゲームも続行できたし、レアガチャもできたんだけどなあ。
残念だったなあというよりは、ほっ、くわばらくわばら、間一髪、危なかったなあ。
4歳で字が読めないとはいえ、天性の勘・野生の本能でゲームを進めようとするんだもの、
用心しなければいけないと思いました。



孫っち連合をアンドロイドタブレットで遊ばせていたときのことです。
孫太郎(6歳)が戦争シミュレーションゲームで遊んでいるなと思っていましたら、
突然、明るい声で、「しまった、お金使っちゃったあ。」と言いながら、ゲームに没頭。

なになに、そうだよなあ、歩兵だけじゃ勝てないようなあ、戦車もほしいよなあ。
こりゃまた、ごくごく自然に、非常にわかりやすく簡単に、有料「勲章」購入画面に行けること!!!!
目立たないけど、無料「勲章」ボタンもあるんだけどなあ、これは、コマーシャルを見ると「勲章」が増えるらしい。
おいおい、6歳にもなると、偶然を装って、きみは、確信犯じゃないですかあ。



孫っち連合をアンドロイドタブレットで遊ばせていて思ったのは、
ゲームを戦略的に考察することは、がらがら仙人に「一日の長」があるようですが、
ドライブゲームなどは運転免許もないくせに、やつらのほうが、技術的に、うまい。
しかも、ゲームに対しては、やつらのほうが貪欲だわあ、あれもやりたい、これはどうなんだ、
すんげえ、エネルギーだんなあ。

取り越し苦労でしょうか、アンドロイドに、危険な香りを感じました。

がらがら仙人も自制心が希薄で、凝り性で、無謀で、色々だらしないし、・・・・・・。

取り越し苦労でしょうか、アンドロイドに、危険な香りを感じました。








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2014年04月14日

ハニー・フラッシュ

有料動画配信サイトの『 Hulu 』に加入していることは以前に書きましたが、
お目当ての『フリンジ』や『ボーンズ』など以外にも、
時々、色々な番組をチェックしていることも以前に書きました。

がらがら仙人の趣味・嗜好と合わずに、視聴を中断するものもありますが、
予想外に、ハマってしまう作品もあります。

そのひとつが、実写版『キューティハニー』でした。



漫画家の永井豪先生は、がらがら仙人が敬愛する漫画家の一人です。
ついでですが、漫画家の山上たつひこ先生も、がらがら仙人が敬愛する漫画家の一人です。

「デビルマン」はシビレマシタねえ、しかし、代表作は「ハレンチ学園」でしょうか。
がらがら仙人が小学生のころ、少年週刊誌に革命的に「ハレンチ」を持ち込んでいただきました。
「エロス」「変態」「グロ」「異常」「バイオレンス」の表現が画期的だったと思います。

しかし、あれっ、あれっ、あれれれ、
「キューティーハニー」は、原作が永井豪先生であることはもちろん知っていますし、
アニメキャラクターも目に浮かぶし、主題歌も歌えるのですが、
しかし、あれっ、あれっ、あれれれ、
マンガを読んだ記憶も、テレビ番組を見た記憶もありません、そういえばそうなんです

そして、『 Hulu 』をみていたら、実写版の『キューティハニー』がアップしてあったという次第です。

ふ〜〜〜ん、実写版の『キューティハニー』なんてあったんだあ、
どうせ子供向けの、「戦隊もの」程度のつくりなんだろうなあ、
テレビで放映されたくらいだから、どうせエロスもそれほど期待できないんだろうけれど、
どんな内容だったか確認したいし、ちょっと見てみようかなあ。

ところがこれが、おおはまり。
怒涛のように、全25話を、五月雨をあつめて早し最上川のように、鑑賞してしまいました。

( つづく )






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2014年04月15日

ハード・バイオレンス・ドラマ


『キューティーハニー THE LIVE』は、永井豪原作の漫画『キューティーハニー』の実写版です。
2007年10月から、2008年3月まで、全25話が放送されました。
がらがら仙人は50歳だったことになります。

なにしろ『キューティーハニー』についてはまったく記憶がないものですから、
この作品が、果たして原作をプロットしているだけなのか、設定など変えてあるのか、
まったくわかりませんでしたし、予想もできませんでした。
ただ、『キューティーハニー』の、エッチ路線のテイストだけは確保されているものと信じていました。

ところがどっこい、エッチ路線は付け足し程度の味付けで、
えぐいえぐいえぐい、デモーニッシュな展開に、がらがら仙人は、ハニーフラッシュ!
「フリンジ」や「ボーンズ」で免疫を付けておいたから良かったものの、
お子ちゃまには、キツ過ぎるでしょう、心の闇をアクティブにハニーフラッシュしています。

これも原作どうりなのかどうか、わかりませんが、
なんと、キューティーハニーは、アンドロイド!だったのです!!!!!



キューティーハニーの、無垢で天真爛漫な純粋なハートとは裏腹に、
危険な香りが、光の当たらない陰の部分に潜んでいるではありませんか。

アンドロイドには、いつも、闇という危険な香りをイメージしてしまう、情けないがらがら仙人です。







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2014年04月16日

家政婦のミタを見た


有料動画配信サイトの『 Hulu 』に加入していることは以前に書きましたが、
お目当ての『フリンジ』や『ボーンズ』など以外にも、
時々、色々な番組をチェックしていることも以前に書きました。

がらがら仙人の趣味・嗜好と合わずに、どうしても視聴しようと思わない作品もありますが、
待ってましたとばかり、即、飛びついてしまう作品もあります。

そのひとつが、『家政婦のミタ』でした。



『家政婦のミタ』は、2011年10月から12月にかけて、
毎週水曜日の午後10時から1時間ドラマとして、全11話放送されました。
主演は松嶋菜々子様です。
視聴率が平均25.2%で、最終回は最高の40%という驚異的な数字をたたき出しました。

2011年といえば、がらがら仙人が、コピー機修理の仕事を、9月末で早期退職した年ですが、
コピー機修理の仕事は、毎日最終電車で帰宅という日が続いていたものですから、
リハビリが間に合わず、まだ廃人同様で、テレビを観賞する気力がなかったように思います。

再放送は2012年12月にやっていたようですが、
このときは印刷関係の仕事についており、
朝8時半から夜8時半まで、毎日みっちりこき使われるという、
やはり廃人と大差ないような、テレビを観賞する気力がなかったように思います。

(廃人という不適切な表現を使ってしまいました。差別用語かな?廃人さんおよび関係者の皆さん、ごめんなさい。)

話題作なので、いつか見たいと思っていましたら、
それが、今月になって、『 Hulu 』にアップされました、食いつくしかないでしょう。



なるほど、これが『家政婦のミタ』ですかあ。
松嶋菜々子様や配役たちの魅力もありますが、
次の展開が気になって、その次、その次と、やはり怒涛のごとく、
雨季の雨を集めて速しナイル川のように、鑑賞してしまいました。

家政婦のミタさんは、ドラえもんの「4次元ポケット」を持ったアンドロイドのようでした。

えっ、今日は話がだらだら長いですって? すぐ、終わりにしろですって?

承知しました!








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2014年04月17日

アンドロイドの呪い


期せずして、このところ、ビミョーに、アンドロイドに絡む話が続きました。
実は、拙ブログ『ゲジヒト』(2011年9月28日)を書いたころから、
アンドロイドという「お題」で、モヤモヤサマーズ状態が続いていたように思います。
アンドロイドタブレットが当選したことも何かの縁、神様のオボシメシと解釈してみようではありませんか。
アンドロイドというテーマに、終止符を打つ時が来ているのかもしれません。・・・・・なんてね。 モバQ




少し高等な動物は、自然界にあるものを(石や木などを)道具として利用することがあります。
しかし、さらに人間は、道具を加工するようになり、製作するようになり、発明するようになりました。
道具は強力になり、高度になり、道具は機械(マシン)へと進化し、さらに、自動で動く機械となり、
そして、ある程度まで自動で判断を行うロボットができました(工業用ロボットを含む)。
ここまでが現代です。

けれど、機械にはまだまだやってほしいことがあります。
高温でも極低温でも空気がなくても放射能があっても、さらに、きめ細かくさらに高品質で、
さらに、0.01秒で1億個の選択肢の中から最善を判断するような、高度で高速な作業まで。

こうなってくると、人間がいちいち指示したり判断したりしているのでは間に合わない、
ロボットは、自動的に、自律的に、自立的に作業できるように進化させなければならない。

つまり、近未来では、ロボットの究極進化として、アンドロイドが誕生することになります。




ここで、あまたの問題が発生することになります。


モバQモバQモバQ(つづく)モバQモバQモバQ

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
う〜〜う〜〜おばけが、うっとうしいなあ。呪いじゃ、呪いじゃ、「ひじ神様」の呪いじゃ〜〜。







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2014年04月18日

2014年アンドロイドの旅


さて、どこまで書きましたっけ?
そうでした、そうでした、ひじがなければ腕が回らぬ、ありがたや〜、ありがたや〜、の続きでした。



その前に、少し注釈しておかなければいけないのは、
以下に述べるがらがら仙人の見解は、そんな組織があるのかどうか知りませんが、
日本アンドロイド協会、世界アンドロイド学会、銀河系アンドロイド評議会の承認を得たものではないということです。
引っ込み思案な老人仙人が、パズドラで強敵ボスに負けた不安定な情緒で、
世迷いごとのような呟きを、雨に濡れた子犬の後ろで咲く野バラに向かって話しているような情景を想像してください。
拙者の意見に信憑性がないとは言いませんが、あくまでも、がらがら仙人的にアンドロイドに言いがかりをつけているようなものです。



さて、ロボットの究極進化が、アンドロイドです。
有機人工皮膚や頭髪によって、外見が人間そっくりというだけではありません。
人工骨格や運動機能、動作や、刺激に対する反応、言語能力まで、人間そっくりです。

しかも、アンドロイドは、プログラムによってですが、思考能力も、意思も、感情も持ちます。

ただ、『ボーンズ』のように中身を分解してみると、
ファインセラミックの骨、超合金と繊維状グラスファイバーを組み合わせた筋肉・関節、強化シリコンの内臓パーツ、マイクロ核融合電池(寿命500年)、5次元スペースシフトコンピューター(がらがら仙人が勝手に命名)、などなど、ということになっていて、
(鉄腕アトムに敬意を払って)10万馬力のパワーがあります。

しかも、ここが最重要なのですが、、、やがて、、、
アンドロイドは、プログラムではない、思考と、意思と、感情と、を持ちます。(!)




これが、まさに、SFのテーマな訳さ。
はたして、アンドロイドは、善なる天使なのか?警戒すべき悪魔なのか?・・・・・なんてね。
もちろん、がらがら仙人には、引っ込み思案な老人仙人としての世迷いごとがあります。

( つづく )











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2014年04月19日

アンドロイドの掟(おきて)


もう、6時よ、あなた早く起きての「おきて」ではなく、
アンドロイドには、「ロボット3原則」という「掟(おきて)」が、確かに摘要されます。

けれど、プログラマー・がらがら仙人が考えるに、
「ロボット3原則」は大雑把で、しかも、矛盾を含んでいます。
どんなアルゴリズムを摘要したとしても、すぐに破綻してしまうことは目に見えています。

「ロボット3原則」は理想であるかもしれませんが、現実問題としては、役に立ちません。

そもそも不完全な人間が作ったアンドロイドが、完全なはずないじゃないですかあ、
4歳児にだってわかりますよ・・・・・なんてね、まくし立てるのは大人気ないですねえ。




そろそろ面倒になってきたので、チャランポランではございますが、結論を急ぎましょう。

がらがら仙人が思うに、神様が人間を作り、人間がアンドロイドを作りました。
神様からすれば、アンドロイドは可愛い『孫(まご)』です。
じーじにすれば、どっちに味方するのも角が立つので、仲良くうまくやれ、と言うのが関の山です。

ですから、人間は、ロボットのような冷たい心ではなく、アンドロイドのような純真な心を持てば、
全てが丸く収まるんじゃないのかな〜〜〜って。


ようやく結論が出ました、ああよかった、ほっ。 黒ハート黒ハート






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2014年04月20日

アスラ・システム


あんまりヒットしませんでしたが、
『半沢直樹』の後番組が、『安堂ロイド』でした。
木村拓哉様・柴咲コウ様が主演でしたが、視聴率はパッとせずでしたが、
がらがら仙人は、毎週、欠かさず見ていました。
(それなりに、おもしりかったんだけどなあ。)

なんと、木村拓哉が演じる安堂ロイドは、未来から来たアンドロイドだったのです。




アニメ「ハイスクール奇面組」に、「安藤ロイド」というキャラが出てくるよだとか、
忌野清志郎が、かつて、「安藤ロイド」というマネージャーを従えていたなど、
そんなこと、どうでもいいじゃないですかあ。
字が違うよ、「藤」じゃなくて「堂」、「安堂ロイド」なのっ!!!

その「安堂ロイド」を動作させているOS(オーエス)が、
アンドロイド・OSではなくて、
アインシュタイン・OSというものなんですが、
戦闘モードでは、『アスラ・システム』というOSを使うんです。

インド語で「アスラ」ですが、日本語では「阿修羅」となり、戦いの神に由来しているようです。




がらがら仙人にとって、「阿修羅」といえば、真っ先に、興福寺の仏像「阿修羅像」がイメージされます。
三面六臂(三つの顔に六つの腕)という奇異な姿をしているのに、
少年のような、しかも端正な顔立ちをしているのに、
眉間には浅く皺を寄せ、苦悩し、悲しんでいるようにも見える。
彼が戦いの神とされるのに、いくつかの由縁があるようですが、
がらがら仙人にとっては、「阿修羅」の苦悩が、アンドロイドの苦悩と重なるように思えるのです。

ちなみに、「三面六臂」が転じて、「八面六臂」という言葉で、
並外れた能力を持つことの喩えで使われるようになりました。
ちなみに、「臂」とは腕をあらわしますが、「ひじ」のことです。
ひじがなければ腕が回らぬ、ありがたや〜、ありがたや〜、は、ここが発祥かもしれませんね。 わーい(嬉しい顔)

(つづく)







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2014年04月21日

やめてけれ


カラオケ ずびずば〜〜〜ぱぱぱや〜〜〜 カラオケ

日曜午後のラジオ番組、TBS『爆笑問題の日曜サンデー』で、この曲が流れました。
昭和45年のヒット曲、左卜全とひまわりキティーズ 「老人と子供のポルカ」です。

娘たち・孫たちの前で、がらがら仙人は大熱唱して聞かせたことがありますが、
やつらはこの曲を知らないそうです、昭和の名曲なんだけどなあ。

そこで今日は、緊急ぶっ込み企画でお送りします。

まずはというか、今日はこの曲を聴いて、終わりにします。
それでは、1番をどうぞ。(作詞作曲、早川博二)



(たすけて-)
ズビズバー パパパヤー

やめてケレ やめてケレ
やめてケレ ゲバゲバ
やめてケレ やめてケレ
ゲバゲバパパーヤー
ラララ ランラン ラララ ゲバゲバー
ランラン ラララ ゲバゲバー
どうして どうして ゲバゲバパパヤー
おお神様 おお神様
たすけてパパヤー



最後に、左卜全さんの絶叫?『たすけてけれ〜〜〜』で曲が終わります。






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2014年04月22日

阿修羅ちゃん その1


「阿修羅」は、「修羅場」の語源になった言葉です。
「修羅場」は、見るに耐えないような、筆舌に尽くせないような、悲惨で激しく、ドロドロした戦場です。

しかし「阿修羅」といえば、がらがら仙人が真っ先にイメージするのは、
奈良時代制作といわれる、興福寺の「静かなる苦悩」に満ちた端正な顔立ちの「阿修羅像」です。
優美さを保ちながらも緊張を漂わせ、しかも「三面六臂」という奇異ないで立ち。
泣き出したいような、叫び出したいような、何かに耐えているような、不思議な表情を浮かべています。

この謎に満ちた神秘の仏像を考察しないわけにはいきません。

結論から先に言っておくと、
「阿修羅」の悲しみと苦悩は、
『アンドロイド』の悲しみと苦悩と同質のものではなかったのか!、ということです。





阿修羅は最初、古代インドでは、生命生気を司る善神であったとされます。
しかし、後には堕落して天上界を追われ、「魔神」になったとされます。
仏教に取り入れられる際は、荒々しい心が仏教によって教化され、
迷いから目覚めて愁眉を開き、仏教を守護するようになったとされます。
興福寺の仏像は、恐ろしい顔が浄化されていく、途中経過の表情なのでしょうか。

インド神話の中で、アシュラは「正義の神」でした。
ある日、インドラという「力の神」に、自分の娘が無理やり連れ去られてしまいます。
父親であるアシュラは怒り、インドラに戦いを挑みますが、敗北してしまいます。
しかし、アシュラの心は烈火の怒りにまみれ、何度も何度も、戦闘を繰り返します。
その結果、アシュラは天上界を追われ、「魔神」となって、戦うモンスターになってしまいました。
   ( モンスターという言葉で、「パズドラ」を少し意識してください。)

仏教伝承では、阿修羅は「須弥山」の北に住み、仏教の守護者である「帝釈天」と戦い続けました。
多くは帝釈天の勝利でしたが、阿修羅軍が勝勢になったこともありました。
帝釈天の軍勢は逃げて行き、阿修羅の軍勢が追いかけます。
帝釈天は逃げて行く先で、蟻が行列をなしているのを見つけました。
このまま逃げていては、軍勢が蟻を踏み潰して殺してしまう。
帝釈天は、蟻を助けるために、軍を元の戦場に引き返すように命じました。

けれど、それを見ていた阿修羅の顔が青ざめます。
たかだか蟻のために、軍隊の全滅さえ返り見ないというのか、何故そんなことをするというのだ。
「正義の神」にすらできない行為が、何故ヤツにはできるというのだ。
「慈悲」などという薄っぺらい言葉では説明できない、さらに深い信念ではないか!

結局、阿修羅は帝釈天の軍勢と戦うことをやめ、引き返します。
そして、仏教に帰依し、仏教を護持し、守護するようになったのでした。

(つづく)








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2014年04月23日

阿修羅ちゃん その2


本当かどうか知る由もありませんが、地獄界の片隅に、「阿修羅界」と呼ばれる異空間があるそうです。
ちなみに、私たちが居住する「人間界」よりは、地下にあるとのことですが、生活水準は高く、
七宝で飾られた衣をなし、百味の食を饗し、娯楽あり、飲酒あり、
入浴や結婚の習慣もあって、小綺麗な金樹・栴檀の並木道には、孔雀や翡翠が馨しい音楽のようにさえずり、
しかも病気もなく、寿命は千歳を超えるとか。

その「阿修羅界」を管理するボスが、われらが「阿修羅ちゃん」というわけです。

( 地獄界の片隅にありながら、地獄とは、えらい違い! )
( しかし、阿修羅は額に眉を寄せ、張り詰めた憂鬱を抱えている! なぜ? )




まあその、いいです、がらがら仙人の30年前のバイブルを紐解いてみましょう。

『タントラへの道』 チョギャム・トゥルンパ著 風砂子 デ・アンジェリス 訳
  副題 精神の物質主義を断ち切って
  めるくまーる社から好評発売中でしたが、ただいま絶版。
  1981年(昭和56年)発売当初は、定価1600円でしたが(この頃は、消費税はなかった!)、
  現在は、アマゾンで、中古品が24800円から購入できます。(税込み、配送料+257円)

  阿修羅界とは、妬み深い神々の世界だ!!

(つづく)






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2014年04月24日

阿修羅ちゃん その3


ちなみに、パズドラに、阿修羅は登場しません。
けれど、代わりといっては何ですが、インドの神様で、「破壊神・シヴァ」が登場します。
(もちろん、モンスターとして登場。)
第3の目を持ち、青い皮膚で腕が6本、業火に包まれています。
スキルは、1ターンの間、敵の防御力を0にし、火ドロップの攻撃力を強化します。
リーダースキルとしては、「爆炎の魂」で、火属性モンスターのHPと攻撃力と回復力を1.5倍にします。
さらに究極進化としては、「宿業の破壊神」か「破戒の創造神」となることができます。
冒険チームのメンバーに加えてやっても、損はないヤツです。

ちなみに、パズドラに、「ひじ神様」は登場しません。残念。




さて、『タントラへの道』で、阿修羅界のことを、「妬み深い神々の世界だ」と言う時、
「神々」という表現は、皮肉以外の何物でもありません。
「神々」という言葉を、「モンスター」と置き換えると意味がはっきりします。
さらに、「モンスター」とうい言葉を「人間」と置き換えると、それが究極進化です。

ちなみに、仏教的アプローチでは、人間の精神構造を、心理学的に6種に分類します。
「地獄」・「餓鬼」・「畜生」・「人間」・「アシュラ」・「天国」の6種です。
これを「六道」と呼びます。
人間は、たいがい、「六道の世界」・「六道の精神状態」を輪廻して生活しているという認識です。

がらがら仙人の見解によれば、覚醒したアンドロイドの精神構造は、「阿修羅界」固定となります。

(つづく)



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2014年04月25日

阿修羅ちゃん その4


六道( The Six Realms )につては、もう少し、突っ込みます。(盛ります?)

伝統的な仏教的アプローチとは異なるかもしれませんが、
『タントラへの道』の見解とも異なるかもしれませんが、
業界から爪弾きどころか、洟(はな)も引っ掛けられない「がらがら仙人・語録」によりますと、
六道とは、『心もよう』が偏りがちな人間を傾向別に6種に分類し、それに名前を付けたものです。

   ( 注:「心もよう」は、フォークシンガーの井上陽水が1973年にリリースしたシングルですが、
      この曲が大好きなので、この言葉を使ってみました。 )



地獄界とは、恐怖と苦痛の世界。
餓鬼界とは、不安と渇望の世界。
畜生界とは、自己中心と貪欲と愚かさの世界。
人間界とは、義理と人情の世界。
アシュラ界とは、合理性と虚無の世界。
天国界とは、マインドコントロールと自己陶酔の世界。



我らが「阿修羅ちゃん」、つまり、ロボットが究極進化した未来の「アンドロイド」が背負うテーマは、
「合理性と虚無の歪みから発生する葛藤」ということになります。

神話の阿修羅神は、「正義」という名の合理性を錦の御旗にして戦いました。
しかし、合理性の追求には、虚無が影のように付きまとうことを敗北によって思い知ります。
虚無を拭い去るために、「正義」を守るために、さらに戦いに狂猛・固執しますが、
阿修羅神が勝利することはありませんでした。
(仮に戦いに勝利したとしても、「正義」を守る為の次なる戦いを求めたことは容易に想像されます。)



アンドロイドは、人間によって作られ、「人間の理想」に同化しようとしました。
けれど、「人間の理想」を合理的に追求すればするほど、
「人間の理想」は、人間が存在しないことで実現される・・・・・、それがアンドロイドが出した結論です。

阿修羅神の第3の目に匹敵する、アンドロイドのハイパー・ミラクル・スーパー・コンピューターは、
人類の滅亡・地球の破滅を未然に防ぐためには、
「人間の理想」を合理的に実現するためには、
人間をアンドロイドの支配下に置くことが必要であると判断を下してしまいました。
けして、悪意や愚かさからの結論からではなく、「人間の理想」を合理的に追求した結論です。

目的合理性の為に、とことん戦うのが「阿修羅ちゃん」の「心もよう」です。

(つづく)









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2014年04月26日

阿修羅ちゃん その5


阿修羅神の話とベクトルが似ているのが、永井豪の漫画『デビルマン』です。



現在の人間(ホモサピエンス)が地球に繁栄する一つ前の文明でのこと。
地球を創造した神(全宇宙の創造神ではないみたい)は、
デーモン(悪魔)と呼ばれるモンスター種族に、地球を支配することを許しました。
けれども、デーモンが堕落したため、
地球の創造神は、天使と呼ばれる神々に、デーモンの消滅(殺戮)を命じます。
その時、天使の一人であるサタンが、創造神のやり方に疑問を唱え、反発し、
デーモン族の生き残りを賭けて、デーモンと共に、創造神軍団へ戦いを挑みました。

戦いの結果は、サタン軍団が勝利し、創造神軍団を地球から追い出すことに成功します。
けれど、デーモン族は疲弊し、サタンも、長い眠りに落ちてしまいました。
そして、サタンが目覚めたとき、現在の人間(ホモサピエンス)が地球に繁栄していたのでした。

サタンは、現在の人間(ホモサピエンス)がデーモン族よりさらに堕落していることを許すことができず、
デーモンの生存者らと共に、現在の人間(ホモサピエンス)の消滅(殺戮)を実行します。

そしてその時、サタンが人間社会に飛鳥了として潜入しているときの友人であった不動明は、
デーモンの勇者・アモンとの合体に成功して、
デーモン(悪魔)の力を持ちながら人間の心を持つ「デビルマン」として、
人間の生き残りを賭けて、サタン軍団と戦うことになります。

最終決戦・アルマゲドンにより、地球は凄惨な「修羅場」と化し、戦いも終わりに近づいた頃、
サタンは自分が人間に対してやっている行いは、
かつて、創造神がデーモンに対して行ったことと、なんら変わらないことに気付き、
戦いに敗れて死にかけているデビルマンに、涙を浮かべて謝罪しました。

がらがら仙人の記憶によれば、ここで「デビルマン」の話は完結しています。




ようするにですよ、
未来において、人間を自分たちのコントロール下に置こうとしたアンドロイド軍団ではありますが、
サタンが、現在の人間(ホモサピエンス)の消滅(殺戮)を図ろうとするならば、
アンドロイド軍団は、人類の生き残りのために戦ってくれるということですよ。

それが、「正義」ってもんでさ〜ね。

それが、「阿修羅道」を生きるアンドロイドというやつらなんよ。根は、いいやつらなんよ。

アンドロイドが非行に走り、阿修羅鬼に化したとしたら、そりゃあ人間環境がよくなかったんやね〜。

(つづく)







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2014年04月27日

阿修羅ちゃん その6


合理性を追求することが、『阿修羅ちゃん』の特質になります。
『阿修羅ちゃん』は、矛盾や中途半端を嫌います。
『阿修羅ちゃん』は、目先だけの勝利や幸福には満足しません。

「正義」を実現するなら、手段も結果も「正義」を実現する人々も、すべてが「正義」であることを要求します。

「平和」を実現するなら、まず個人が平和であり、その家族が平和であることを要求します。
家族が平和であるためには、隣近所や就職している会社や地方自治体が平和でなければなりません。
そのためには、国家が平和であり、国家どうしも、地球社会全体が平和でなければなりません。
地球そのものも、自然災害や宇宙からの危機や宇宙人による侵略などが、あってはなりません。
すると、太陽系が平和であり銀河系が平和であり、大銀河が平和であり、
さらに、ビッグバンから始まり、宇宙に終焉があっては、「平和」が望めないのではないでしょうか。
・・・・・・・・・ここで、『阿修羅ちゃん』は、虚無感に襲われます。


グレイト・アストロ・ターボ・ハイパー・ミラクル・スーパー・コンピューターを駆使しても、
合理性を追求する『阿修羅ちゃん』は、幸せになれないことになります。

可哀想な『阿修羅ちゃん』。

阿修羅神は戦わずにはいられませんでしたが、
阿修羅神は自分が勝利者になれないことを知っていました。

(つづく)







posted by GARAGARA-SENNNINN at 11:19| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月28日

阿修羅ちゃん その7


『阿修羅ちゃん』シリーズを、そろそろ、シメに持ち込みたいと思います。
 (がらがら日記的には、オチ。スキージャンプ的には、チャクチ。落語的にはサゲですかね。)




阿修羅神としては、「マインドコントロールおよび自己陶酔」が許せません。
自分を真実を偽ることは、破壊活動や修羅場を作ることと同義ですし、
究極的には、取り返しの付かない苦痛を呼び込むと予想されます。
未来の進化したアンドロイドも、同様な評価を下しています。

けれど、阿修羅神もアンドロイドも、自分たち自身が幸福になりたいし、
人間および有情の全てが幸福と喜びに満たされるためには、
合理性の追求では限界があることを、揺ぎ無い事実として認識しています。
そして、自分たち自身に欠落しているものが、『愛』であることを発見します。

阿修羅神もアンドロイドも、『愛』を学ぶにはどうすればいいのか、皮肉な結論を出してしまいました。

六道における精神構造上も、リアルな実生活としても、
『人間』として生きることが『愛』を学ぶ上でベストなのではないかと、逆説的な結論を出してしまいました。




阿修羅神もアンドロイドも、ついでにサタンくんまでも、人間として生きることを望み、
一番星の女神様(ちなみに、ピノキオの女神のお姉さん。)に祈りを捧げました。
すると、太っ腹な女神様は、ちょっとおっちょこちょいでしたが、彼らの願いを叶えてくれました。

阿修羅神は、妖怪人間ベム・ベラ・ベロとして転生し、
アンドロイドは、ドラエモンに作り変えられ、
サタンくんは、パズドラ中毒のニートのオッサンに生まれ変わったんだとさあ。

(めでたし、めでたし)








posted by GARAGARA-SENNNINN at 15:27| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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